大判例

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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)5975号 判決

原告

後藤三男

外四名

原告ら代理人

上田誠吉

外三名

被告

日本電信電話公社

右代表者

米沢滋

右代理人

永津勝蔵

外・名

主文

原告らが被告に対して、それぞれ雇傭契約に基づく職員としての権利を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の事実および原告らが被告主張の本件免職処分のなされた当時いづれも共産主義者であつたことは、当事者間に争いがない。

二まず、被告は、本件各免職は連合国最高司令官の指示に基づく処分である旨主張しているから、右指示の内容および効力について検討する。

1  連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥から内閣総理大臣吉田茂あての昭和二五年七月一八日付書簡が、同司令官から発せられた同年五月三日付声明および同年六月六日付、同月七日付、同月二六日付各吉田総理あての書簡の趣旨等からして、公共的報道機関ばかりでなく、その他の民間重要産業からも共産主義者またはその支持者を排除すべきことを要請した指示であり、かつ、右指示が当時わが国の国家機関および国民に対して法規としての効力を有し、わが国の法令は右の指示に牴触する限りにおいてその適用が排除されると解すべき旨、最高裁判所はその判例において明らかにしている。(昭和二七年四月二日大法廷決定民集六巻四号三八七頁、同三五年四月一八日大法廷決定民集一四巻六号九〇五頁、同三七年二月一五日第一小法廷判決民集一六巻二号二九四頁参照)

右判例の解釈として、排除の対象者について「共産主義者またはその支持者」(前掲四月二日、四月一八日決定の各判例要旨中の「共産党員またはその支持者」の表現は正確でない。)としてこれにつきなんらの限定を付していない以上、いやしくもこれが要件に該当する者である限り、その具体的活動またはそのおそれの如何を問わない趣旨と理解されなくはないが、四月一八日決定および二月一五日判決の事実においては、いづれも被排除者の具体的活動について主張立証がなされていること(四月二日決定の事案については、この点明らかでない。)、この種判例にあつては四月二日決定がいわゆるリーディング・ケースというべきところ、これより後の同三〇年一一月二二日第三小法廷判決が、「連合軍占領下における紡績会社の共産党員である従業員の解雇が、その従業員の企業の生産を阻害すべき具体的言動を根拠とするものであつて、解雇当時の事情の下でこれを単なる抽象的危険に基づく解雇として非難することができないものと認められる場合には、かかる解雇をもつて共産党員であることもしくは単に共産主義を信奉すること自体を理由とするものということはできない」旨判示(民集九巻一二号、一、七九三頁参照)しているところからすると、前記のように判例を理解することに疑問の余地がなくはない。

2  そこで、マ司令官の指示の内容、すなわち、前掲声明、書簡の趣旨とするところを検討する要があるところ、これが内容は次のとおりである。(四月二日決定では、七月一八日付書簡の文言の全趣旨のほか「本件にあらわれた他の資料」をあげているが、これが具体的内容は必らずしも明らかでない。)

(イ)  五月三日付声明

日本における共産主義これが政党である日本共産党が最近国際共産主義勢力の手先となり、破壊的活動を行なう反社会的勢力として国家の福祉を危うくするおそれがあることを指摘し、日本国民に対して警告を与えるとともに自らこれに対処することを要望している。

(ロ)  六月六日付書簡

「この集団は真理を歪曲し、大衆の暴力行為を煽動しこの平穏な国を無秩序と闘争の場所に変え」、「そして虚偽で、煽動的な言説やその他の破壊的手段を用い、その結果として起る公衆の混乱を利用してついには暴力をもつて日本の立憲政治を転覆するのに都合のよい状態を作り出すような社会不安をひき起そうと企てている」等の理由をあげて、日本共産党中央委員会幹部の公職追放を指令している。

(ハ)  六月七日付書簡

「この新聞は相当の期間に亘つて共産党内部の最も過激な無法分子の代弁者の役割を引受けて来た。そしてこのような代弁者として法令に基づく権威に対する反抗を挑発し、経済復興の進捗を破壊し、社会不安と大衆の暴力行為を引起そうと企てて無責任な感情に訴える放縦で虚偽で煽動的で挑発的な言説をもつてその記事面や社説欄を冒して来た。」ことを理由として、共産党の機関紙赤旗編集幹部の公職追放を指令している。

(ニ)  六月二六日付書簡

六月七日付書簡による措令により赤旗が「新しい指導者によつて同紙が比較的穏健な方向に方針を改め、真実を尊重し、無法状態や暴力を煽動的にそそのかすことをさけるようになることを希望した。」しかし、「同紙が日本の政党の合法的な機関ではなく日本国民の間に特に今回は日本にいる多数の朝鮮人の間に人心をかく乱して公共の安寧と福祉とを侵害することを目的とした悪意のある虚偽の煽動的な宣伝を広めるために用いられる国外の破壊勢力の道具であるという事実を証明している。」ことを理由として、アカハタの発行を三〇日間停止するよう指令している。

(ホ)  七月一八日付書簡

「虚偽、煽動的、破壊的な共産主義者の宣伝の播布を阻止する目的をもつた私の六月二六日付貴下宛書簡以来日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対して更に陰険な脅威を与えるに至り暴力によつて自由を抑圧する彼等の目的について至る所の自由な人民に対し警告を与えている。かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由且つ無制限に使用することは新聞の自由の観念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な自由な日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明らかとなつた。」「現実の諸事件は共産主義が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し、無責任、不法の少数分子を煽動して法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白なことを警告している。それ故日本において共産主義が言論の自由を濫用して斯る無秩序への煽動を続ける限り、彼らに公的報道の自由を使用させることは公共の利益のため拒否されねばならない。」として、「煽動的な共産主義者の宣伝の播布に当つて来たアカハタ及びその後継紙並に同類紙の発行」を無期限に停止するよう指令している。

3 以上一連の声明、書簡によつてマ司令官の指摘するところは、日本共産党およびことと同調して活動する共産主義者またはその同調者の目的、性格および現実の活動の一般的な指摘であり、これらの目的、性格および活動は、党員を中核とする共産主義者またはその同調者により形成されるところ、マ司令官が党員についてすらこれがすべて右指摘にかかる破壊主義的傾向の持主として排除せらるべきことを指向していたかどうかは、「共産党内部の最も過激な無法分子の代弁者」(六月七日付書簡)、「新しい指導者によつて赤旗が比較的穏健な方向に方針を改め……を希望した」(六月二六日付書簡)等との表現がとられていることからして、必らずしも明らかでない。

ところで、前掲三七年二月一五日判決は、別紙(三)記載のエーミス労働課長の談話は、マ司令官の本件指示の解釈の表示であり、そのような解釈の表示も、当時においては、わが国の国家機関および国民に対し最終的権威をもつていたものと解すべき旨判示しているところ、同談話は、いわゆる赤色分子追放の対象者として、(イ)アクティヴ・リーダ、トラブルメーカー並びにその同調者であること、(ロ)必らずしも党員であることを要件としないが、アグレシヴなものであることを要する。但し、単に党員であることのみをもつて排除するものではない旨を明らかにしている。

したがつて、以上によると、マ司令官の本件指示は、結局、共産主義者またはその支持者のうち、積極的に虚偽煽動的、破壊的な言動を行なう者およびそのおそれのある者の排除さるべきことを意味していると解するのが相当であり、そうだとすると、前掲判例(同三〇年一一月二二日判決を除く。)が共産主義者またはその支持者であることそれ自体だけで排除されるべき旨を判示しているとするとこれに同調することはできない。

三1  政府は、マ司令官の本件指示は、国家公務員等の国家機関その他の公の機関からの共産主義者またはその同調者(これが無限定であるかどうかについては後述する。)の排除をも要請する趣旨であると判断し、右指示に基づく国家公務員等に対するこれが実施方策として、被告主張の閣議決定および閣議了解をなし、これに基づいて右排際を実施し本件各免職処分もその一貫として行なわれたものであることは、〈証拠〉と弁論の全趣旨から明らかである。

前掲声明、書簡の趣旨と公務員が国民全体の奉仕者であることからすると、本件指示による排除の対象は、民間重要産業の従業員にとどまらず原告ら国家公務員をも含むものと解すべきであり、右書簡等の内容それ自体、また、他に、公務員の排除について民間労働者のそれと異る基準をとるべきことを要請していると認むべきものがない以上、すでに述べた本件指示の解釈は、公務員の場合についても同様であるといわねばならない。前掲閣議決定が「共産主義者又はその同調者はこれらの機関から排除するものとする」とすることなく、「共産主義者又はその同調者で、官庁……の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等その秩序をみだり、又はみだる虞があると認められるものは、これらの機関から排除するものとする。」と定め、エーミス課長の談話の線に沿つた態度をとつていることは以上の理を明らかにするものといえよう。

被告は、いやしくも共産主義者またはその同調者である以上、それ自体を理由として排除されるべき旨を本件指示は要請している旨主張するが、そのしからざる所以はすでに述べたとおりであり、前掲閣議決定、閣議了解が、日本共産党の党員およびその同調者であることが明らかな者についてはその具体的活動を要しない趣旨であるとは、右決定等の定めの文言、体裁からたやすく推認することはできず、他にこれを明らかにすべき資料もないから、被告の本件指示および閣議決定の解釈についての主張は採用できない。

2  かくして、マ司令官の本件指示に基づく閣議決定に限り国家公務員を免職処分に付するためには、当該公務員が単に共産主義者またはその同調者であるだけでは十分でなく各人につき閣議決定の掲げる例示のような「秩序をみだり又はみだる虞があると認められる」具体的活動の存在が要件とされているというべきところ、本件に提出された全証拠を検討してみても、せいぜい〈証拠〉から、原告平山、上島が共産党機関紙赤旗を職場で配布した事実が認定できるにとどまり、しかもこれが配布の期間は必らずしも明らかでないから、右事実をもつて直ちに同原告らに前記要件に該当する具体的活動があつたと解することはできない。

以上からすると、本件免職処分は、本件指示が所期する被排除者の範囲をこえてなされたものであるから、右指示に基づくものとして有効とはいえず、これが効力の有無はわが国の法令に照らして判断されるべきである。

原告らがいづれも共産主義者であることはすでに述べたとおりであるが、このことから直ちに同人らが被告主張の国家公務員法七八条三号に定める「その他その官職に必要な適格性を欠く場合」に該当するものということはできず単に共産主義者であることのみを理由とする本件各免職処分は、原告らの信条による差別といわざるをえず、憲法一四条一項、労働基準法三条に違反する違法な処分というのほかない。そして、その違法は重大であるばかりでなく、閣議決定の掲げる要件を充足しておらず、本件処分日に先立つ昭和二五年九月二六日付エーミス課長のなしたマ司令官の本件指示の解釈の表示も看過しているから、本件処分当時これが瑕疵は明白であると認められ、以上からして、本件免職処分はいづれも無効というべきである。

四つぎに被告の「権利失効の原則」の主張について判断する。

本訴えが、原告後藤を除くその余の原告らについては免職処分後約八年八月経過した、同後藤については同処分後約八年三月経過した昭和三四年七月二八日に提起されたことは本件記録上明らかであるところ、本件行政処分の内容が免職であることを考慮しても、右期間の経過から直ちに、原告らが本訴において右処分の無効を主張することが信義則に反すると認められるべき特段の事由に該当するとはいえず、したがつて、信義則の一適用である。「権利失効の原則」を本件に適用する余地はないから、被告の右主張は理由がない。

五以上により、本件免職処分が無効である以上、原告らは旧電気通信省の職員としての身分を失つておらず、日本電信電話公社法の施行に伴い、右施行の際同省の職員であつた者は同法施行法二条により被告の職員となつたから(この点当事者双方も争つていない。)、原告らもこれに伴い被告の職員たる身分を取得し、被告に対して雇傭契約に基づく職員としての権利を有するというべく、被告がこれを争つている以上右権利の存在について確認の利益がある。

よつて、原告らの本訴請求はすべて理由があるから認容すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(浅賀栄 宮崎啓一 豊島利夫)

〈別紙(一)〉

共産主義者等の公職からの排除に関する件(閣議決定)

民主的政府の機構を破壊から防衛する目的をもつて、危険分子を国家機関その他の機関から排除するために、左記の措置を講ずること。

(一) 共産主義者又は同調者で、官庁、公団、公共企業体等の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等その秩序をみだり、又はみだる虞があると認められるものは、これらの機関から排除するものとする。

(二) 排除の方法は、国家公務員法第七八条第三号(公共企業体の職員については、日本国有鉄道法第二九条第三号又は日本専売公社法第二二条第三号)の規定による。

(三) 排除は、一斉に行うことを避け、その必要の特に緊切なものから始めて、逐次他に及ぼすものとする。

(四) 地方公務員及び教職員(国家公務員法の適用を受けないもの)については本件措置に準ずる措置が講ぜられるように努める。

なお、本件措置は、共産主義者又はその同調者に対し制裁の目的をもつてするものではなく、もつぱら機関に対する防衛を目的とするものであるから、反省の余地ありと認められる者については、その反省の機会を与えつつ実施するよう留意すること。

〈別紙(二)〉

共産主義者等の公職からの排除に関する件(閣議了解)

本年五月三日の憲法記念日に際し、連合国最高司令官から発せられた声明には、「日本共産党が今や公然と国外からの支配に屈服し、かつ人心をまどわし、人心を弾圧するための虚偽と悪意にみちた煽動的宣伝を広く展開していること、さらに反日本的であるとともに、日本国民の利益に反するような運動方針を公然と採用している」ことが指摘されるとともに、「従つて現在日本が急速に解決を迫られている問題は、全世界の他の諸国と同様、この反社会的勢力をどのような方法で国内的に処理し、個人の自由の合法的行使を阻害せずに国家の福祉を危くするこうした自由の濫用を阻止するかにある。」ことが示唆されてあり、さらに本年六月六日附の連合国最高司令部官より内閣総理大臣宛の書簡には、日本共産党について、「然るに最近に至つて新しい、そしてこれに劣らず有害な集団が、日本政界にあらわれたが、この集団は真理を歪曲し、大衆の暴力行為を策動して、この平穏な国を無秩序と斗争の場所に変え、これをもつて、代議制民主主義の途上における日本の著しい進歩を阻止する手段としようとし、また日本国民の間に急速に成長しつつある民主主義的傾向を破壊しようとした。彼等は同じ意図をもつて、法令に基く権威に反抗し、法令に基く手続を軽視し、そして虚偽で煽動的な言説やその他の破壊的手段を用い、その結果として起る公衆の混乱を利用して、ついには暴力をもつて、日本の立憲政治を転覆するのに都合のよい状態を作り出すような社会不安をひき起そうと企てている。」ことが明示されている。

これらの声明等は、最近における日本の共産主義者が国外における侵略主義的勢力の支配に屈服し、わが国における民主主義的復興を妨げ、国内に破壊と混乱をもたらそうとしていることがもはや顕著な事実となつていることを指摘したものであるが、公務員が、元来、国民全体の奉仕者として公共の利益の擁護に任ずべきものである以上、この種の危険分子が公職に必要な適格性を欠くものであることはいうまでもない。

よつて、政府は、民主的政府の機構を破壊から防衛する目的をもつて、危険分子を国家機関その他公の機関から排除するために、共産主義者又はその同調者たる公務員で公務上の機密を漏洩し、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだし、又はみだる虞があると認められるものを、国家公務員法その他当該法規の規定に基き公職に必要な適格性を欠くものとして、その地位から除去するものとする。

而して、この措置は、共産主義者又はその同調者に対し、制裁の目的をもつてするものではなく、もつぱら破壊に対する防衛を目的とするものであるから、反省の余地ありと認められる者については、その反省の機会を与えつつ実施するよう留意するものとする。

〈別紙(三)〉

昭和二五年九月二六日連合国総司令部経済科学局エーミス労働課長の私鉄経営者協会に対してした談話(民集一六巻二号二九五頁参照)

一 私鉄の赤色分子追放は、労使双方の協力によつて行うこと。実施の責任は使用者にある。

二 総司令部及び政府は干渉も指示もしない。

三 整理の対象

(イ) アクテイヴ・リーダー、トラブルメーカー並びにその同調者であること

(ロ) 必ずしも党員であることを要件としないが、アグレシヴなものであることを要する。但し、単に党員であることのみをもつて排除するものではない。

四 同意協議約款の有無にかかわらず、組合と協議することが望ましい。但し、会社と協力する組合と協議すればよい。リストは組合にも提示して欲しいが、協力しない組合に提示せよとはいわない。斯る場合及び協議不調の場合は、使用者の意思によつて整理すること。

五 整理の完了は一〇月末日を目途とすること。

六 人員、職名、期日について経協より総司令部宛報告すること。

七 使用者は、この整理に便乗して企業整備合理化に基く整理を行なわないこと。便乗整理があつた場合は、総司令部労働課より差止しめることがある。

八 現在の法律に関する解釈は、日本政府の責任であるが、自分の意見は、日本政府の意見と一致している。

九 本日は、米国政府の意向に基いて総司令部労働課の自分が招集したでのあるから、この措置は、その意を体して労使の双方が実施するものであることを考えてもらいたい。

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